働く母の考え事
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札幌のチェーン書店の在庫検索と通販の可不可について
調べたのでメモ。

【検索あり・独自の通販あり】
丸善・ジュンク堂・文教堂(honto) 在庫検索○(全店舗一覧可能) 通販あり 送料:1,500円(税込)以上は無料、未満は250円
紀伊國屋書店 在庫検索○(各店舗ごと) 通販あり 送料:1,500円(税込)以上は無料、未満は300円
蔦屋書店  在庫検索○(各店舗ごと) 通販あり 送料:1,500円(税込)以上は無料、未満は324円
未来屋書店・アシーネ 在庫検索○(全店舗一覧可能) 通販あり(mibon/イオン)  送料:1,500円(税込)以上は無料、未満は有料(金額不明)

【在庫検索あり・通販は他店と提携】
三省堂書店 在庫検索○(全店舗一覧可能) 通販はe-hon(トーハン)

【在庫検索なし・通販は他店と提携】
くまざわ書店 在庫検索× 通販はe-hon(トーハン)
札幌弘栄堂書店 在庫検索× 通販はe-hon(トーハン)
宮脇書店 在庫検索×(総本店のみ検索あり) 通販はHonyaClub(日販) 送料:1,500円(税込)以上は無料、未満は250円
なにわ書房 在庫検索× 通販はHonyaClub(日販) 送料:1,500円(税込)以上は無料、未満は250円

【在庫検索あり・通販なし】
喜久屋書店・ブックジャム 在庫検索○(在庫ありの店舗を一覧表示) 通販なし
コーチャンフォー 在庫検索○(全店舗一覧可能) 通販なし

私は断然honto推し。hontoカードも持ってて、スマホのアプリも使ってます。品揃えがよく棚の作り方も好みで、昔からジュンク堂が好きです。アプリでパッと書名検索してサッと在庫を確認でき、気になる本はMyページに保存しておけるし、ブクログのレビューにリンクしているので評価の様子もわかり、便利に使っています。
一方の紀伊國屋は、在庫検索の際に店舗ごとにクリックして見なきゃならないのが痛い(蔦屋も同様)。紀伊國屋は実店舗もウェブサイトもなんかゴチャゴチャしてるというか、何がしたいのかわからないというか、どうもフィーリングが合いません…。
蔦屋は私にとっては本屋じゃなくてレンタルビデオ屋さんです。最近GEOしか使ってないけど。
イオンの本屋さん・未来屋は、honto同様、全店舗の在庫を一覧できるのが良いです。どこのイオンに行けばあるのかがパッとわかり、じゃあ買い物のついでに…ってなります。
このほか、全店舗の在庫を一覧できるのは三省堂と喜久屋書店とコーチャンフォーです。
amazonがバックオーダーを廃止した今となっては、「本はamazonでポチッと」しか知らないと、少部数しか刷っていない本を買おうとしたとき「あれっ、この本、読みたいのにもう売ってないんだ…」と、なりがちですがそれは錯覚です。本屋さんには在庫があります。内容にかかわらず冊数出なけりゃ切り捨てるamazonよりも、発売から3カ月・6カ月経っても良書を在庫してくれている本屋さんに、期待をかけて買い支えたいと思います。

なお本記事では、札幌にある書店に限って調べていることをお断りしておきます。
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わが家の中1女子のスマホ使用状況
スマホを使う前に知っておきたいことbyずな子」へのフォロー記事です。

スマホ導入から半年、「MY・スマホルール」をそこそこ守りつつ(時々破って叱られつつ)、特にトラブルもなく使うことができています。
基本ルールは
○勉強(宿題・予習・復習のいずれか)と進研ゼミと時間割を済ませてから使う
○制限時間(平日1時間、休日2時間)のタイマーをかけて使う
○リビングで使う
○9:30で終了する
で、大体守ってはいるのですが、どうしても「あ…アレまだやってなかった」「待って、もうちょっと!」となりがちなのが悩ましいところ。部活で帰宅が19時を過ぎるようになり、それから食事をして勉強して…となるとどうしても時間が遅くなり、平日は1時間も使えないことがほとんどです。でもこれほど自由時間がない中で1時間もスマホに費やすのはおかしいし、スマホで夜更かしさせるわけにもいかないので、譲れないルールだと思います。

アプリの使用状況は、LINEとツムツムがほとんどの時間を占めているようです。ほか、メール、Chrome、YouTubeの使用頻度も高そう。カメラもよく使っており、なにかにつけ「待って!!スマホで写真撮るから!!!」と言ってくるのがちょっとウザい(汗)
以下アプリごとに、現状を紹介します。なお私は娘のスマホのパスワードは把握していますが、勝手に覗き見ることはしません。そういう距離感の親子関係でいたいと思うので。
PTAについて、現時点での考え
役員になって3カ月。ちょこっと活動してみて、「あー…」と思うことがいくつもありました。他のお母さん達が苦笑しながら漏らした言葉や、担当の先生が言いにくそうに遠回しに伝えてきた事柄が、実際に活動してみてよーーーく納得できました。
現時点での結論は「(そこに時間とエネルギーを割く余裕がないなら)PTAには深入りすべきでない」ということです。君子危うきに近寄らず、三十六計逃げるにしかず、Discretion is the better part of valor. PTAの前では私なぞ全く無力です。PTAはそれほどに、変われない組織だという強い印象を得ました。
まあそれで終わっちゃつまらないので、とりあえずここまでに読んだり考えたりしてきたことを、一旦まとめてみようと思います。
ひとりPTA研究部、創部
なんと…
今年、中学校のPTA役員(しかもいきなり学級代表&学年代表)を引き受けてしまいました。
他にやる人が誰もいなかったので。そして今年は学校生活7年目にして初めて、乳児の世話や保育園送迎や年度内の引っ越し予定がなく、さらに自分の都合で有休をとっても大丈夫そうな職場に勤めているので!(でも有休日数は限られてるので、出られる会議・出られない会議を予め決めて、出られないものは他のメンバーにお願いしたりと、ギリギリの参加…)

やり始めてみるとやっぱり、今までモヤモヤしていたようなことが、本当にモヤモヤしてそこにあります(笑)
そしてこれをこのまま来年に引き継いでしまうと、やっぱり私は今後も参加できない立場でいるしかないんじゃないかという気が…
なので、まず今年は、自PTAの実情を調べる(来年はどの係なら引き受けられるのかという視点で)ことをメインに活動してみようと考え、「ひとりPTA研究部」を立ち上げました。
気力は無尽蔵ではない
またしても転職しました。
札幌で、元の仕事のキャリアを生かして正社員として勤めるならここしかない、という会社に運良く入って2年弱頑張りましたが、残り20年をそこで頑張り続けることはできませんでした。
大学名だけで国公立か私立かを判別できるか
stabuckyさんの"国立ではないのに都道府県名の付いた大学"(You Look Too Cool)を読み、私も興味がわいたのでちょっと調べてみました。
努力だって裏切ることもある
中学受験が終わる季節、我が家の6年生は公立一択でのほほんと過ごしてましたが、東京の友達は悲喜こもごもがあったようでした。
「第一希望に受からなくて、『今まで何のためにあんなに我慢ばかりしてきたんだ、全部無駄だった、受験なんてしなければ良かった』って荒れてさ…」
そんな話を聞くと、やっぱり現代に生きる我々には「苦労は報われる(はずだ)」という呪いが強くかかってるんだなあと思います。そして体力筋力運動センスのある子に対してひたすらトレーニングすれば勝てるかって言うとそうでもないってのはみんな納得いくのに、自分より知能指数高くて勉強センスある子にひたすら勉強すれば勝てるかって言うとそうでもないってのには、納得がいきづらいんだな…とも思います。
だから勉強なんてムダだなどとは決して思いませんが、受験の勝敗も中体連の勝敗ぐらいに時の運だったり決して勝てない相手だったりするので、そんなに結果を因果で考えない方がいいのになとは思います。
なぜこんな風に、勉強に関してだけは努力量に比例して結果が出るかのような誤認があるんだろう…と考えてみると、現代の給与労働の構造が勉強による序列で整理されているからなのかなと思い当たりました。勉強で勝ち抜いた人達が時給の高い仕事や自己効力感の高い仕事に就くことができ、勝ち抜けなかった人は発展性の低い安い仕事に就く。そういう価値体系に置かれているので、結果的に勝ち抜いて有利な立場に立った人達が、自分達の報酬を正当化するために、勝ち抜くことができたのは相応の努力をしたからだという因果関係を喧伝する。まあそこまでの確信犯でないにしろ、自然発生した誤解、勉強すればした分だけ頭が良くなって良い大学に入って良い仕事に就けるという好都合な思い込みを、彼らがわざわざ正す必要なんてあるわけがないのは確かです。
でも、これから、変わっていくんじゃないかなと思います。勉強はできたのに、社会的に得することができなかった人達が、今大量に生み出されてますから。
そもそも頭の良さだけが人間の価値じゃない。貨幣価値に換算できる能力だけが価値じゃない。
お金がなくても満足して生きられるか。これが私の後半生のテーマです。
スマホを使う前に知っておきたいことbyずな子
前々からスマホが欲しい欲しいと言われていて、ずーっと「まだ早いよ」となだめてきたのですが、クラスで持ってない最後のひとりになったー!! 中学行って友達と別れる前にメアド交換したいー!! お年玉で自分で買うからーー!!! と懇願されて、じゃあまあ、そろそろいいか…ということで許可することにしました。
ただし、冬休みの自由研究でスマホについてレポートすること、という条件をつけて、親子で一緒に「子どもが初めてスマホを持つときに知っておいた方がよいこと」を調べました。
最終的にずな子は画用紙を使ってレポートを完成させました。それがまあまあ良くできていたので、折角だし何かの形で保存・公開したいなと思い、ずな子のレポートをもとにパワポ資料を起こしてみました。Slideshareにアップしようと思ったら、新規登録はLinkedInに登録しなきゃならない仕様になっていて、それはめんどくさいのでやめて、
パワポ→JPG保存→ブログ直貼り
という方法で公開することにしました。「続きを読む」からどうぞ。マウスオーバーで吹き出し追加画像が出ます。…やっぱちょっと見づらいか。

最後のページに掲載した参考書・参考URLを、以下に改めて示しておきます。
★書籍(6年生が自分で読める本)
*藤川大祐『12歳からのスマホのマナー入門』大空出版、2014年、192ページ
*金城学院中学校高等学校編著・今津孝次郎監修『中高生のためのケータイ・スマホハンドブック』学事出版、2013年、96ページ
*小林直樹『わが子のスマホ・LINEデビュー 安心安全ガイド』日経BP社、2014年、160ページ
★ウェブサイト
*総務省「インターネットトラブル事例集ダウンロードページ
*情報教育研究所「ケータイ・スマホを持つ前に学ぶこと
*電気通信事業者協会「家族のケータイルール
*岡山県「ケータイ・スマホの正しい使い方/ルールを作ろう
*トレンドマイクロ「インターネットセキュリティナレッジ
逃げ恥の最終回より
ドラマはほとんど観ないけど、「逃げるは恥だが役に立つ」はたまたま目にして何となーく引っかかり(今調べたら初視聴は4話)何となーくまだらに観て、久々に面白かったです。メインの二人だけでなくバリキャリお姉さんの恋にもやけに共感するところがあって、素直にキュンとくるお話でした。昔、ドラマを面白いと思って観てた頃の気持ちを思い出しました。
最終回のセリフがこれまた共感しきり。

「それなら家事は全部私がやります。しかしそれはボランティアです。あくまでボランティアなので、ご飯作りたくないなと思ったら作らないし、掃除したくないと思ったら掃除しません。ボランティアだから、ご飯ないんですかとか言わないでほしいし、部屋が汚いとか言わないでほしい。だってボランティアだから、仕事じゃないから。」
男女の家事分担の不均衡を一言で言ったらこれ。たいていの夫婦において、夫の家事はボランティア、よくてアルバイト。したいときにしたい分だけすればよく、しなくても責められない。逆に妻は家事の正社員として、業務の遂行や完成度に責めを負います。それでいて、報酬は特にない。やって当たり前。旦那様が稼いできたお金で生活させていただいているのだから、旦那様の暮らす家を日々整えるのは当たり前。つまり妻の家事労働への報酬は、妻の生活そのものということか。衣食住の維持にはお金の他に家事労働がいるけど、旦那様はお金さえ提供すればあとは何もせず快適な生活を享受するのが当然で、妻は膨大な家事労働を引き受けてもその報酬が衣食住そのもの?旦那様の労働には金銭的報酬があって、旦那様は家事労働を金銭によって免れる一方で、妻の家事労働は金銭的に無報酬でも当然?…なんかおかしいぞ。
まあそんなねちっこく書かなくても、昭和の時代にみんなして盛大に勘違いしてただけだって、だいぶ気づかれてきたと思いますけどね。そもそも共働きじゃ、前提からして完全に破綻してるし。

「うまくいかない時、待っていてくれる人、信じてくれる人。見失っちゃいけない。立て直そう、ひとつひとつ、立て直そう、ゆっくりでも。」
夫婦のことって、この通りだと思います。健やかなる時に一緒に楽しく過ごせるのは当然で、誰が相手でもまあ同じ。じゃなくて、病める時、うまくいかない時に、一緒に辛抱してくれる、辛抱してあげられる。そっちの方が大事なことで、そっちの方に注目しなきゃならないんだと思います。

「たくさんの道の中から、思い通りの道を選べたり選べなかったり。どの道も面倒くさい日々だけど、どの道も愛おしい日もあって、逃げてしまう日があっても、深呼吸して別の道を探してまた戻って。いい日も悪い日も、いつだってまた火曜日から始めよう!」
面倒くさくても愛おしい、いい日も悪い日もある、それこそが家族。わかるなあ。

いつだって、また一から始められる。一緒に。
うんうん。
…って、今本当に一から仕事探し始めようとしてるからなあ(汗)
2017年もまた苦労しそうです、トホホ(´д`;)
SNS卒業
2016年末でfbをやめることにしました。
最大の理由はメッセージが読めなくなったこと。前はブラウザでfbにログインすれば見れたのに、今はメッセンジャーアプリをインストールしてログインしないと読めない。私のスマホはデータ通信専用で電話番号は休眠しているので、ログイン認証ができず、メッセンジャーアプリが使えないのです。
そうすると、いちばん期待していた「直接の連絡先を知らない人との連絡ツール」としてはもう使えないことになり、開いておく意味があんまりないなあと。

もう一つは、来年、少し大きく「降りる」決意をしているからです。フルタイム正社員としてめいっぱい背伸びして働く生活から一段降りて、収入が減ってももう少し時間と気持ちに余裕を持てる働き方をしようと。
この4年間夫が引き受けてきた保育園の送り迎えが来春いよいよ終わり、夫が少し収入を増やせそうな見込みとなったので、もう「私が家計を支えなければ」と悲壮な覚悟で無理して勤めるのはやめることにしました。
でも、私が正社員をやめれば世帯収入は減ります。生活レベルを大きく落とすほどではないと試算していますが、fbで同級生や元同僚が披露しているような、余裕のあるお金の使い方はできないと思います。

fbって何気に経済的背景が丸見えなんです。その、見たくないけど見ちゃった感、見せようとして見せてるのかな感が、どうにも居心地が悪くて…。こうなると、もはや気軽に投稿する気にはなれません。
投稿せずにただ眺めていても誰も何も言わないでしょうし、見たくなければログインしなければいいだけなのですが、いっそのこともう投稿しないし見ることもないと明確に意思表示したい。つまり自分について「fbのアカウントをもっていない」というメタ情報を表示しておきたいのです。

この10年で、3つの町に暮らし、職場4つを渡り歩き、4つの保育園と3つの小学校にお世話になって、たくさんの出会いがありました。こうして何度も新しい人間関係に身を置いてみると、人との縁ってタイミングだなと思います。その時々で、たまたま近所だったり家族構成が近かったり、性格の相性がよかったり同じ悩みを抱えていたりして、なおかつお互いお付き合いする余裕があれば、心安らぐ交流ができる。逆に、仲良くなれそうでもタイミングが合わなければ付き合えません。
fbでメンテナンスしている過去のご縁も、いつかまたリアルでお付き合いできるかはタイミング次第。近況を中途半端に知ってるからといって、今後の縁が深まるかどうかには影響しないように思います。

会って話す、電話する、手紙を書く、メールを書く…。私にはこれが相手に触れたと思える限界で、SNSのうえではどうも余計遠くに感じてしまうようです。
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