働く母の考え事
不惑の新入社員
結局、募集はないけど外注なら、と言われていた企業にたまたま欠員が出て、試験を受けたら採用されてしまいました。こんなこともあるんだなぁ…。
今度は完全にキャリア転職なので、前の二社で味わった「役に立てない」「自分の個性では場を最適化できない」という致命的苦悩はありません。ただ、時代背景もあり会社の経営は厳しく、社員数も少ないので、元いた会社よりずっと責任が重いことを覚悟して働かなければなりません。でも、本望です。たぶん最初から直接ここにUターンしていたら、こんな覚悟は持てなかったと思います。
年増の新入社員を温かく迎え入れてくれて、ご恩に報いたい気持ちでいっぱいです。今回は十数年の実績がある仕事だし、回り道して悟りを得た面もあるし、きっと役に立てると思っています。ここでも早速言われました、「ずなさんが来てくれて良かったです!明るい風が吹き込んだというか…」聞いた瞬間吹き出しました(笑)毎度ありぃ。
でもそれだけじゃ続かないってことも、もうわかっています。今度こそ、自分がいない状態の方がこの場は最適だと思ってしまわないよう、
1)求められていることを正しく理解する努力を続け、
2)流れを変えようと思ったときこそ焦らずじっくり、
関係を大事に育んでいこうと思います。
 
そんなわけで一時は路線変更も頭をよぎりましたが、やっぱり今まで通り働く母の葛藤を背負い続けることになったのでした。まあ、それを強く望んでいたからこその今なのですが。
 
四十を過ぎて、不惑とは何に惑わないのだろうかと考えていて、最近ふと思うのは「自分の力が及ぶ範囲を悟った」ことで迷いが減ったかな…ということ。若い頃は、自分が何にでもなれる、どこへでも行ける、何でも手に入れられるというような、未来へのやみくもな期待がありました。それは裏を返せば、期待外れの現実が訪れるたびストレスを感じ、期待が自分への重圧になっていました。
今は、進む先にそんなに枝分かれは見えませんし、着飾っても知ったかぶりしても等身大の自分をわかりすぎていて、夢を見られません。出会った人みんなを幸せにできるとも思わないし、全員に好いてもらえるとも思いません。
でも、だからこそ、迷いがなくなってきました。無限の未来や無限の時間を手放して不自由を得たことで、ささやかな幸せでも鮮やかに感じられるようになりました。
これからもいろんなことが起こるんでしょうが、それらのたくさんの出来事のどこを・なにを押さえたらいいか、何となくわかった気がします。
いつか振り返るときのために、折り返し地点のレポートとしてのエントリです。
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