働く母の考え事
古いブログですが
晴海22歳の闘病日記 ~死ぬまで生きた~
というブログを読みました。

引き出しの奥の日記帳は、誰にも言えない気持ちを書くためのものだから、他人(どころかほとぼりが冷めた頃の自分)が読んだら胸焼けしちゃうような記述になります。
日記ブログは、誰かが読むことを前提としていますから、書く際には他人(や記憶が薄れたずっと未来の自分)が読んだらどう思うだろう?というフィルタが常にかかります。
病気になれば当然苦しかったり悲しかったりするけれど、一方でそんな自分を冷静に眺めるもう一人の自分や、小さな出来事に喜び感謝する瞬間も、必ず存在します。
晴海さんというブロガーが誰かに読んでほしかったのは、現実には一日の多くを占めていたであろう引き出し日記帳的な胸の内よりも、静かに死を受け入れる気持ち、周りの人みんなに感謝する気持ち、だったのでしょう。
そういうフィルタでエントリーを重ねていった結果、ウェブ上の晴海さんは現実とは思えないほど冷静な末期癌患者となり、一方でリアルの晴海さんも冷めた視線で自分を見る余裕を獲得していったのだと思います。

私のブログもフィルタの傾向は同じつもりです。この人が死と向き合っていた頃、私は新しい命との毎日をブログに綴っていました。私も、ブログ日記で密室育児に第三者の視線を取込む余裕をもらったと感じています。
けれどもそんな共感は私のひとりよがりであって、自分の死を見つめることがどれだけ苦しいことなのか、今の私には皆目見当がつきません。私がいつか余命を宣告されて闘病ブログを書くときが来たら、晴海さんのブログとこのエントリーを読み返したいと思います。
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