働く母の考え事
SNS卒業
2016年末でfbをやめることにしました。
最大の理由はメッセージが読めなくなったこと。前はブラウザでfbにログインすれば見れたのに、今はメッセンジャーアプリをインストールしてログインしないと読めない。私のスマホはデータ通信専用で電話番号は休眠しているので、ログイン認証ができず、メッセンジャーアプリが使えないのです。
そうすると、いちばん期待していた「直接の連絡先を知らない人との連絡ツール」としてはもう使えないことになり、開いておく意味があんまりないなあと。

もう一つは、来年、少し大きく「降りる」決意をしているからです。フルタイム正社員としてめいっぱい背伸びして働く生活から一段降りて、収入が減ってももう少し時間と気持ちに余裕を持てる働き方をしようと。
この4年間夫が引き受けてきた保育園の送り迎えが来春いよいよ終わり、夫が少し収入を増やせそうな見込みとなったので、もう「私が家計を支えなければ」と悲壮な覚悟で無理して勤めるのはやめることにしました。
でも、私が正社員をやめれば世帯収入は減ります。生活レベルを大きく落とすほどではないと試算していますが、fbで同級生や元同僚が披露しているような、余裕のあるお金の使い方はできないと思います。

fbって何気に経済的背景が丸見えなんです。その、見たくないけど見ちゃった感、見せようとして見せてるのかな感が、どうにも居心地が悪くて…。こうなると、もはや気軽に投稿する気にはなれません。
投稿せずにただ眺めていても誰も何も言わないでしょうし、見たくなければログインしなければいいだけなのですが、いっそのこともう投稿しないし見ることもないと明確に意思表示したい。つまり自分について「fbのアカウントをもっていない」というメタ情報を表示しておきたいのです。

この10年で、3つの町に暮らし、職場4つを渡り歩き、4つの保育園と3つの小学校にお世話になって、たくさんの出会いがありました。こうして何度も新しい人間関係に身を置いてみると、人との縁ってタイミングだなと思います。その時々で、たまたま近所だったり家族構成が近かったり、性格の相性がよかったり同じ悩みを抱えていたりして、なおかつお互いお付き合いする余裕があれば、心安らぐ交流ができる。逆に、仲良くなれそうでもタイミングが合わなければ付き合えません。
fbでメンテナンスしている過去のご縁も、いつかまたリアルでお付き合いできるかはタイミング次第。近況を中途半端に知ってるからといって、今後の縁が深まるかどうかには影響しないように思います。

会って話す、電話する、手紙を書く、メールを書く…。私にはこれが相手に触れたと思える限界で、SNSのうえではどうも余計遠くに感じてしまうようです。
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