働く母の考え事
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下り坂を感じる
四十路の心身が、実はけっこう重たいものなんだと、最近気がつきました。同じように働き、同じように食べ、同じように寝ているつもりなのに、以前に比べなんだか気力が落ちているし疲れが増している。頭の働きや記憶力も前の方が良かった気がする。そうか、これが「老い」というものか。
かくして何の疑問もなく若さを享受していた時期が終わってしまうと、当たり前だと思って万全の心と体を駆使していた過去の自分に対し、ちょっと呆れるというか、戻ってこの未来を知らせたいような、いや知らせたくないような、苦い思いが湧いてきます。こうして劣化を自覚している間は、居心地の悪い思いをしなければならないのでしょう。でもたぶん、ある程度劣化が進むとその状態でしばらく定常化するでしょうから、そこまでいけばまた新しい心身状態に慣れて、それが当たり前になる、その繰返しではないかと。衰えた体が衰えた心に慣れるのか、その逆かはたまた両方か、よくわかりませんが「これが私なんだ」と納得できればそれが当たり前の日常になるのでしょう。

前のエントリ以来、遺言のことを考えています。このブログは赤ん坊の観察日記として始めましたが、そんな毎日成長があってずっと上り坂なテーマは一生において例外的なものだと思います。人生には常に山坂があり、むしろ下り坂の方が、向き合う時間は長いはず。
これまでに見た闘病ブログや遺言エントリには、苦悩と向き合って導き出したその人なりの答えがにじんでいました。後に続いて下る私にとってすごく重要なヒントだと受け止めました。

旦那さんを亡くした友達は、その胸の内を「これまでの人生で感じたことのない感情」と言いました。それは私にはうかがい知ることができませんが、そういう感情があるということを教えてもらって、ありがたいと思いました。そして私自身も、いろんな些細な「人生初の感情」を感じながら、まだ、生きています。昨日の私と今日の私と明日の私は少しずつ違っていて、私の今日が今ここにあることを、こうして書いて確認している最中です。

…やっぱり、遺言は本当にそのときを悟ってから書くことにして、ここには私の「人生初」の足跡を残していくことにしよう。
悲しみの果てに何があるかなんて
エレカシは、見かけたり耳にしたりすると嬉しい程度には好きだけど、CD買ったことはないです。すんません。
「悲しみの果てに何があるかなんて 俺は知らない 見たこともない ただあなたの顔が浮かんで消えるだろう」
今、この歌がずーっとループ中。十数年のお付き合いになるずな子の親(おや)友達が死んでしまったから。奇遇にも同郷で高校も同じで、歳は一回り上だったけど親友達の中でも特に気が合うと思ってた、いつも優しく温かく接してくれた大好きな友達でした。今も頭の中に、のんびりした低い声をいつでも再生できるくらい、親しみ深い友達でした。聞いた夜はいつまでも涙が止まらなくて、翌朝顔がひどいことになってしまいました。
私がこんなに悲しいのだから、家族の方々はどんなにつらい思いをしていることか…
悲しみの果てに何があるのか、悲しみにちゃんと果てがあるのかどうかすら良くわかりませんが、この世の苦悩をひとときでも忘れさせてくれるのは、結局は縁あって今そばにいる人達なんだろうなって思います。迷惑にならない距離感で、寄り添えたらなと思います。

でも、私が先に死ぬ番が来たら、残った人には悲しまないでほしいなあ。悲しまなくて済むような、読み返すたび笑っちゃうような遺言を書けないものか。。。
ランドセル価格爆上げの理由
こないだ生まれたと思ってた末子にも、いよいよランドセルを準備するときがきました。長女のときずいぶん調べて気に入って決めたフィットちゃん、実際使って快適そうだったため長男にも購入し、今回ついに三つめです。(すでに比較検討がめんどくさいという話も…)
6年前に比べると時期がずいぶん早いのですが、ぼやぼやしているとシンプルで安いモデルが売り切れてしまう可能性があり、今注文しても届くのは半年近く先なので荷物になることもないと考え、思い切って注文してしまいました。以下、注文時のメールをたどってみました。

■6年前(長女) 注文時期は11月末、到着は12月上旬
 商品番号:FIT101
 ご注文商品名:フィットちゃんランドセル FIT-101 チェリー
 単価:¥29,800
※当時はこのぐらいの時期に買うのがふつう。11月でも品物は十分あった。
 値段的にはこれは廉価な方(シンプルで飾りのないタイプ)で、当時の最多価格帯は3万円台。

■2年前(長男) 注文時期は10月中旬、到着は10月下旬
 商品番号:FIT-205_82
 ご注文商品名:プレミアムフィットちゃんランドセルグッドボーイ(クロ×ブルーステッチ)
 単価:¥39,900
※上の子のときのタイミングでのんびりしてたら完全に出遅れて、廉価版のクロは既に売り切れ。
 仕方ないので若干お高いデザインもの(カラーステッチ)を選択。4年で5000円ほど価格が上昇している印象。

■今年(二男) 注文時期は6月下旬、発送予定は11月中旬
 商品番号:FIT-205_72
 ご注文商品名:プレミアムフィットちゃんランドセルグッドボーイ(クロ×アカステッチ)
 単価:¥39,900
※「黒赤のランドセルがいい」と言うので、長男と色違いのアカステッチにした。
 6年前はA4クリアファイルが入るのが売り文句だったが、近年はA4のフラットファイル(バインダーみたいなやつ)が入る大きさにサイズアップし、それと同時に値上げされている。
 そのためこのランドセルは現在は型落ち廉価版の位置づけ。現在の最多価格帯は4万円台。

消費税が5%から8%に上がったので、それだけでも1000円程度上乗せされるとはいえ、この6年で実感として15000円くらいの値上げです。子どもの数の減少だけではこの急上昇は説明できないでしょう。いったい何でなのか?!

調べてみたところ、どうやらジジババから金を引っ張ろうという魂胆があるようです。
言われてみれば、先日長女の水着を買いに行ったのですが、今年はイオンやヨーカドーの水着までが「4点セットで7900円」みたいなのばっかり!タンキニ上下+ショーパン+Tシャツみたいなリゾート気分のデザインで、体育で着るのにセパレートは良くないし、セットのTシャツとかサロペは学校のプールじゃ全然いらないのに、商品の半分位がこのタイプ。年に数回しか必要なくて、かつ1年で着られなくなる可能性大なんだから、そんな高いものも買えないし…。そんな親の苦悩を尻目に、やっぱり女子、一目見てものすごーく欲しがってました。
我が家は初めから5000円以下と決めて買いに行ったので、モメつつも説得してシンプルなタイプを購入しましたが、この他にも小学校の卒業式で振袖を着る子が増えているとか、祖父母の財布があればこそ、子ども同士の見栄の張り合いが加熱しているんだろうなあと思いました。
嫌な風潮ですね…。
ぐるぐるから脱出するための文章化
とある先生との雑談中、「ウェブ上に日々のあれこれを書き残すのって、その時点で感じた刹那の記録でしかないから、結局あとで見ても何のためにもならないと思うんだよね~(だから自分はやらない)」てなことを仰っていたのを聞いて、あっ、わかる。と妙に腑に落ちました。
長らくウェブ日記をやり、SNSにも首を突っ込み、ソーシャルブックマークもやって、自分の経験や都度考えたことが文字データとして手軽に大量に残せちゃってるんだけどこれってこの先どう処理したもんか、これ以上ただただデータを積み重ねるべきではないんじゃないか…とモヤモヤ考えていたので、「刹那の記録は役には立たない」というお墨付きが得られてスッキリしました(笑)
結局、大量のデータから今後も参照価値のある考察結果のみ抽出してまとめる作業を行わなければ、記録そのものには意味がないというか、脳内の記憶同様だんだん思い出されることもなくなり最初からなかったのと同じになっちゃうんですよね。

こういうウェブ上のツールを持たなかった頃の自分に比べると、今の自分は「心の声」が増えたな…と思います。ゲスな言い方をすれば「ブログにこう書いてやろう」的な実況報告する声です。実際に書くことはないとしても、経験や思考をつねに明確に文章化する癖がついたというか。
この習慣は、自分ではすごく良いことだと思っています。文章化によって、頭や心の中の何だかわからないモヤモヤしたものを、ある程度分析分解して制御できるからです。頭の分析で経験を次に活かしやすくなり、心の分析は精神衛生上良く、余裕ができて他人にも優しくなれます。
年の功で立派に図太いオバチャンになってきてはいるものの、やっぱりモヤモヤすることはあります。それでも「あ、このモヤモヤ前にも経験したな」と思い出してスマートに対処できれば、短時間で吹っ切れて機嫌よく生きられると思います。

このブログは、そういう風に記憶をたぐって、そのときどうやってぐるぐる思考から脱出したかを思い出すための補助記憶装置という位置づけにしたいと思います。

だいたいのことを2周3周と経験した今、ある程度の定型的出来事には自分の中でレッテル貼りをしちゃっていいんじゃないかなと。全部の出来事にこまやかに心を砕くんじゃなくて、もうこの手の出来事は個人的には捨てちゃおう。と思えるものには、名前をつけて決まった箱に放り込んでおしまいにしよう。
その、箱の一覧を、ここに構築できたらなって思ってます。
更新のための更新201604
再び、東京時代と同じく年度末が忙しい年間サイクルに戻りました。
だけどこっちの忙しさは向こうの比じゃなかった…。要するに、1冊作って5000部売るという商売ができない代わりに、同じ期間で1000部の本を5冊作っているわけです。もう、こだわりをガンガン捨ててとにかく完成させるしかない。5000部の本とおんなじ作り方してたら、死ぬから(汗)
今はダンナが保育園送迎担当なので、退社のタイムリミットはないと言えばないのですが、家族の食事は私が提供したい、毎日作って出来立てを提供したいというこだわりがあり、やっぱり基本的には定時で帰っています。溢れた仕事は、持ち帰って早朝やるか(夜は私が起きていると子供達も寝てくれない)、平日深夜まで残業するか(どうせ残ったなら最大限やっとけという根性)、土日に出社するか(ここでは既に合鍵をもらってるので出入り自由なのがありがたい)という感じです。家で仕事をしても残業代はつかないし、深夜や休日の残業は割増になるし管理者からクレームがつきそうなのでタイムカードを切らなかったりして、完全に持ち出し状態…。
それでも、今の私にとってはこのバランスで家のことと会社のことを両立させるのが最も快適だと感じています。両方で、それなりに、自分が役に立っていると感じることができています。
仕事も家事育児もぜんぜん完璧じゃないし、毎日疲れてるし、ストレスだってあるけど、それでも今の生活はこの先も続けていけると思える毎日です。なんか、たぶん、大丈夫だろうなって思います。
とにかく、会社が潰れさえしなければね(汗)←冗談ではない
「だったらいいな」と「であるはず」
子供を育てていると、「思い通りにならないこと」について考えさせられる場面が多くあります。
親が子供を自分の思い通りに動かしたり、思い通りに育てたりすることができない、というのもありますが、今から述べるのは、それよりも子供自身が想像の世界と現実の世界とのズレに戸惑う場面についての話です。
1年・3年・12年の節目
明日から11月。
家を買って1年、札幌に戻って3年、お母さん(プレ状態含む)になって12年が経ちました。なぜかみんな10月末のイベントで。
不惑の新入社員
結局、募集はないけど外注なら、と言われていた企業にたまたま欠員が出て、試験を受けたら採用されてしまいました。こんなこともあるんだなぁ…。
今度は完全にキャリア転職なので、前の二社で味わった「役に立てない」「自分の個性では場を最適化できない」という致命的苦悩はありません。ただ、時代背景もあり会社の経営は厳しく、社員数も少ないので、元いた会社よりずっと責任が重いことを覚悟して働かなければなりません。でも、本望です。たぶん最初から直接ここにUターンしていたら、こんな覚悟は持てなかったと思います。
年増の新入社員を温かく迎え入れてくれて、ご恩に報いたい気持ちでいっぱいです。今回は十数年の実績がある仕事だし、回り道して悟りを得た面もあるし、きっと役に立てると思っています。ここでも早速言われました、「ずなさんが来てくれて良かったです!明るい風が吹き込んだというか…」聞いた瞬間吹き出しました(笑)毎度ありぃ。
でもそれだけじゃ続かないってことも、もうわかっています。今度こそ、自分がいない状態の方がこの場は最適だと思ってしまわないよう、
1)求められていることを正しく理解する努力を続け、
2)流れを変えようと思ったときこそ焦らずじっくり、
関係を大事に育んでいこうと思います。
 
そんなわけで一時は路線変更も頭をよぎりましたが、やっぱり今まで通り働く母の葛藤を背負い続けることになったのでした。まあ、それを強く望んでいたからこその今なのですが。
 
四十を過ぎて、不惑とは何に惑わないのだろうかと考えていて、最近ふと思うのは「自分の力が及ぶ範囲を悟った」ことで迷いが減ったかな…ということ。若い頃は、自分が何にでもなれる、どこへでも行ける、何でも手に入れられるというような、未来へのやみくもな期待がありました。それは裏を返せば、期待外れの現実が訪れるたびストレスを感じ、期待が自分への重圧になっていました。
今は、進む先にそんなに枝分かれは見えませんし、着飾っても知ったかぶりしても等身大の自分をわかりすぎていて、夢を見られません。出会った人みんなを幸せにできるとも思わないし、全員に好いてもらえるとも思いません。
でも、だからこそ、迷いがなくなってきました。無限の未来や無限の時間を手放して不自由を得たことで、ささやかな幸せでも鮮やかに感じられるようになりました。
これからもいろんなことが起こるんでしょうが、それらのたくさんの出来事のどこを・なにを押さえたらいいか、何となくわかった気がします。
いつか振り返るときのために、折り返し地点のレポートとしてのエントリです。
就職活動開始
年明けからネットハロワをウォッチしていましたが、ピンとくる求人もないし面接行くにも有休残り1.5日しかないし…とグズグズするうちに一月が経ち、あれこれ考えた末、まずは札幌で唯一自分のスキルをいかせそうな会社に押しかけ女房してみようと決心して、履歴書と職務経歴書に手紙を添えて送ってみました。しばらく待って電話したところ、今は常勤の募集はないけど外注なら出してるから受けてみますか?とのお話をいただき、来週その打ち合わせに行く予定になっています。
ただ、それだけではとても食べていけないので、やっぱりどこかには就職しなければなりません。ということでついに3月に入りお尻に火がついて、今4件の応募をして連絡待ちの状況です。
ずな子にっき最後の投稿
ずな子が10歳になりました。私のウェブ日記歴は12年を超えました。
ブログにずな子のことを書くことは、もう、ないと思います。彼女はとっくに、自分の人生を自分で記憶し記録していける一人の別個の人格なので。活発でミーハーで若干ワガママな元気女子に成長しています。私や夫の子供の頃と、不思議なくらい全然タイプが違います。なので余計に、彼女が一人の別の人間なのだと強く意識させられています。
小さなずな子を毎日お世話しながら、ブログにはなるべく客観的な事実を記録する姿勢で投稿していたせいか、私は母親としては同情や愛着が足りないような気がします。元々執着のない(悪く言えば薄情な)タチではありましたが、もっと毎日の感情に重きを置いて記録していれば違う結果だったのかなと思うところもあります。
ただ、ブログのおかげで、ずな子の育児は私にとってオープンな明るい記憶として残りました。お見せするに値すると思える楽しい話題を毎日探し続けたからです。それができたのもここを覗きに来てくださっていた方々のおかげと、深く感謝しています。
“ずな子にっき”はこれにて完全終了といたします。既に実質終了してはいたけど、節目にあたり宣言して区切りをつけたいと思います。

私自身の記録としての“ずなにっき”はまだまだ続くけどね。
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