働く母の考え事
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ぐるぐるから脱出するための文章化
とある先生との雑談中、「ウェブ上に日々のあれこれを書き残すのって、その時点で感じた刹那の記録でしかないから、結局あとで見ても何のためにもならないと思うんだよね~(だから自分はやらない)」てなことを仰っていたのを聞いて、あっ、わかる。と妙に腑に落ちました。
長らくウェブ日記をやり、SNSにも首を突っ込み、ソーシャルブックマークもやって、自分の経験や都度考えたことが文字データとして手軽に大量に残せちゃってるんだけどこれってこの先どう処理したもんか、これ以上ただただデータを積み重ねるべきではないんじゃないか…とモヤモヤ考えていたので、「刹那の記録は役には立たない」というお墨付きが得られてスッキリしました(笑)
結局、大量のデータから今後も参照価値のある考察結果のみ抽出してまとめる作業を行わなければ、記録そのものには意味がないというか、脳内の記憶同様だんだん思い出されることもなくなり最初からなかったのと同じになっちゃうんですよね。

こういうウェブ上のツールを持たなかった頃の自分に比べると、今の自分は「心の声」が増えたな…と思います。ゲスな言い方をすれば「ブログにこう書いてやろう」的な実況報告する声です。実際に書くことはないとしても、経験や思考をつねに明確に文章化する癖がついたというか。
この習慣は、自分ではすごく良いことだと思っています。文章化によって、頭や心の中の何だかわからないモヤモヤしたものを、ある程度分析分解して制御できるからです。頭の分析で経験を次に活かしやすくなり、心の分析は精神衛生上良く、余裕ができて他人にも優しくなれます。
年の功で立派に図太いオバチャンになってきてはいるものの、やっぱりモヤモヤすることはあります。それでも「あ、このモヤモヤ前にも経験したな」と思い出してスマートに対処できれば、短時間で吹っ切れて機嫌よく生きられると思います。

このブログは、そういう風に記憶をたぐって、そのときどうやってぐるぐる思考から脱出したかを思い出すための補助記憶装置という位置づけにしたいと思います。

だいたいのことを2周3周と経験した今、ある程度の定型的出来事には自分の中でレッテル貼りをしちゃっていいんじゃないかなと。全部の出来事にこまやかに心を砕くんじゃなくて、もうこの手の出来事は個人的には捨てちゃおう。と思えるものには、名前をつけて決まった箱に放り込んでおしまいにしよう。
その、箱の一覧を、ここに構築できたらなって思ってます。
更新のための更新201604
再び、東京時代と同じく年度末が忙しい年間サイクルに戻りました。
だけどこっちの忙しさは向こうの比じゃなかった…。要するに、1冊作って5000部売るという商売ができない代わりに、同じ期間で1000部の本を5冊作っているわけです。もう、こだわりをガンガン捨ててとにかく完成させるしかない。5000部の本とおんなじ作り方してたら、死ぬから(汗)
今はダンナが保育園送迎担当なので、退社のタイムリミットはないと言えばないのですが、家族の食事は私が提供したい、毎日作って出来立てを提供したいというこだわりがあり、やっぱり基本的には定時で帰っています。溢れた仕事は、持ち帰って早朝やるか(夜は私が起きていると子供達も寝てくれない)、平日深夜まで残業するか(どうせ残ったなら最大限やっとけという根性)、土日に出社するか(ここでは既に合鍵をもらってるので出入り自由なのがありがたい)という感じです。家で仕事をしても残業代はつかないし、深夜や休日の残業は割増になるし管理者からクレームがつきそうなのでタイムカードを切らなかったりして、完全に持ち出し状態…。
それでも、今の私にとってはこのバランスで家のことと会社のことを両立させるのが最も快適だと感じています。両方で、それなりに、自分が役に立っていると感じることができています。
仕事も家事育児もぜんぜん完璧じゃないし、毎日疲れてるし、ストレスだってあるけど、それでも今の生活はこの先も続けていけると思える毎日です。なんか、たぶん、大丈夫だろうなって思います。
とにかく、会社が潰れさえしなければね(汗)←冗談ではない
「だったらいいな」と「であるはず」
子供を育てていると、「思い通りにならないこと」について考えさせられる場面が多くあります。
親が子供を自分の思い通りに動かしたり、思い通りに育てたりすることができない、というのもありますが、今から述べるのは、それよりも子供自身が想像の世界と現実の世界とのズレに戸惑う場面についての話です。
1年・3年・12年の節目
明日から11月。
家を買って1年、札幌に戻って3年、お母さん(プレ状態含む)になって12年が経ちました。なぜかみんな10月末のイベントで。
欲しい本がAmazonで品切れだったときに
オバチャンではありますが一応新入社員なので、電話取りをやらせてもらってます。
不惑の新入社員
結局、募集はないけど外注なら、と言われていた企業にたまたま欠員が出て、試験を受けたら採用されてしまいました。こんなこともあるんだなぁ…。
今度は完全にキャリア転職なので、前の二社で味わった「役に立てない」「自分の個性では場を最適化できない」という致命的苦悩はありません。ただ、時代背景もあり会社の経営は厳しく、社員数も少ないので、元いた会社よりずっと責任が重いことを覚悟して働かなければなりません。でも、本望です。たぶん最初から直接ここにUターンしていたら、こんな覚悟は持てなかったと思います。
年増の新入社員を温かく迎え入れてくれて、ご恩に報いたい気持ちでいっぱいです。今回は十数年の実績がある仕事だし、回り道して悟りを得た面もあるし、きっと役に立てると思っています。ここでも早速言われました、「ずなさんが来てくれて良かったです!明るい風が吹き込んだというか…」聞いた瞬間吹き出しました(笑)毎度ありぃ。
でもそれだけじゃ続かないってことも、もうわかっています。今度こそ、自分がいない状態の方がこの場は最適だと思ってしまわないよう、
1)求められていることを正しく理解する努力を続け、
2)流れを変えようと思ったときこそ焦らずじっくり、
関係を大事に育んでいこうと思います。
 
そんなわけで一時は路線変更も頭をよぎりましたが、やっぱり今まで通り働く母の葛藤を背負い続けることになったのでした。まあ、それを強く望んでいたからこその今なのですが。
 
四十を過ぎて、不惑とは何に惑わないのだろうかと考えていて、最近ふと思うのは「自分の力が及ぶ範囲を悟った」ことで迷いが減ったかな…ということ。若い頃は、自分が何にでもなれる、どこへでも行ける、何でも手に入れられるというような、未来へのやみくもな期待がありました。それは裏を返せば、期待外れの現実が訪れるたびストレスを感じ、期待が自分への重圧になっていました。
今は、進む先にそんなに枝分かれは見えませんし、着飾っても知ったかぶりしても等身大の自分をわかりすぎていて、夢を見られません。出会った人みんなを幸せにできるとも思わないし、全員に好いてもらえるとも思いません。
でも、だからこそ、迷いがなくなってきました。無限の未来や無限の時間を手放して不自由を得たことで、ささやかな幸せでも鮮やかに感じられるようになりました。
これからもいろんなことが起こるんでしょうが、それらのたくさんの出来事のどこを・なにを押さえたらいいか、何となくわかった気がします。
いつか振り返るときのために、折り返し地点のレポートとしてのエントリです。
卒アル製作についての補足
5年前、上の子が年長さんのときに卒園アルバム係を買って出た経験から、卒園アルバムのカテゴリで一連の記事を公開しています。係に立候補したのは、6年間の保育園生活にとても愛着があり、いつか思い出して懐かしむためにいろんなことを記録しておきたかったのと、その年にちょうど下の子が生まれて半年間の育休で時間に余裕があったためです(汗)
ただ、どんなアルバムを作ったらいいか、保育園のアルバムなるものを見たこともなかったので最初は頭がまっしろでした。そこから先輩母さんに実物を見せてもらって研究したり、ネットでいろんなことを一つずつ検索していきました。
そうしてできたアルバムは、自画自賛ですがとても好評で、いい記念になりました。
それで、折角調べたあれこれをそのまま埋もれさせるのが惜しくなり、我流ではありますがブログで公開した次第です。当時何から手をつけていいかわからず「こんなまとめがあればなぁ」と思っていたそのものを、書き記しました。

そんな記事を5年経った今も、見つけて読んでくださる方がいらっしゃるようです。とてもうれしいです。
コメントにて改めてご質問をいただいたので、この追加エントリを投稿することにしました。
入力バイトのための単語登録
転職の心得;
・転職サイトは、ほぼスパムメール送信botでしかない(IT、保険、不動産、飲食、、、)
・ハロワはしばらくウォッチし続けると検索の仕方や見極め方がわかってくる(掘り出し物有)
・働きたい会社には自分からアプローチすべし(採用情報が出ていなくても!)
・結局、優劣ではなくマッチ度の問題(夫婦同様、割れ鍋に綴じ蓋)
ということで、今は諸事情により期間限定のアルバイトをしています。以下、そのためのメモ。
就職活動開始
年明けからネットハロワをウォッチしていましたが、ピンとくる求人もないし面接行くにも有休残り1.5日しかないし…とグズグズするうちに一月が経ち、あれこれ考えた末、まずは札幌で唯一自分のスキルをいかせそうな会社に押しかけ女房してみようと決心して、履歴書と職務経歴書に手紙を添えて送ってみました。しばらく待って電話したところ、今は常勤の募集はないけど外注なら出してるから受けてみますか?とのお話をいただき、来週その打ち合わせに行く予定になっています。
ただ、それだけではとても食べていけないので、やっぱりどこかには就職しなければなりません。ということでついに3月に入りお尻に火がついて、今4件の応募をして連絡待ちの状況です。
退職(3回目)を決めたわけ
たぶん近々、社長と話し合う機会がもたれるはずなので、準備。
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三つに分けて説明します。

第一に、採用当時のメインの理由だった業務が消滅したこと。サポートするはずだった上司は病気で休職して戻るあてがありません。データ整理や報告書作成の仕事は、その後パートさんを雇ったので私には回ってこなくなりました。
第二に、代わりにもらっている仕事は私が適任とは思えないこと。仕事の内容や今の社内事情を鑑みると、もっと時給の安い人、時間に融通のきく人、現場にも出られる人を雇った方がいいと思います。
第三に、付加的に与えられている書籍製作やコンサル仕事は、手がけてみた結果短期的にも長期的にも利益をもたらすのが非常に難しいと感じていること。私が退職してその業務をなくすのが最も会社のためになると考えています。

自分自身のことを付け加えるなら、今言った通り私が創意工夫して存在意義を発揮できる仕事がないため、モチベーションが保てず、それが非常に辛く感じます。今の私には、家族にとってかけがえのない時間をできる限り節約して働いているという自負があります。私でなくてはならない家庭のことと私でなくてもよい仕事とを両立させるために、みなし残業の制度下でお金や時間の区切りが曖昧なまま綱引きを続けることの割り切れなさ、これが大きな苦痛となっています。
今後については、契約が3月末で切れますのでそこで退職させていただき、新しい仕事を探す所存です。
自分のスキルを提供できる職場か、これからスキルを積んでいける職場か、それが見つからなければ、今は諦めて割り切って時給で働ける仕事をすることも選択肢にあります。
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と、いうことで、しばらくの間このブログは「四十路子持ち女の札幌転職活動記」になります。。。
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